美味しくて渋皮の剥皮が優れるクリ 「ぽろたん
― 果樹研究所におけるクリの品種改良と「ぽろたん」の育成 ―
果樹研究所 ナシ・クリ・核果類研究チーム 佐藤明彦    .
 私たち果樹研究所では、渋皮が剥けやすく食味の良いクリの新品種「ぽろたん」を育成し公表しました。まず、果樹研究所におけるクリの品種改良と「ぽろたん」育成までの経緯についてふれてみたいと思います。

クリとはどんなもの?
 みなさんが「栗」という言葉で思い浮かべるものはなんでしょう?甘党の方は、栗きんとん、栗鹿の子や甘露煮を思い浮かべる方もいるでしょう。食品業に携る皆さんは、中国等から輸入される甘栗や、洋菓子でおなじみのマロングラッセを思い浮かべるかもしれません。一方、ご家庭で秋に栗ご飯を作るために栗の皮を剥いたことのある方は、苦労して皮を剥いたことが思い出されることでしょう。
 クリの可食部分は、種子の中に含まれる子葉です。子葉を包んでいるのが茶色くて薄い「渋皮」、一番外側にあるのが茶色が濃く堅い「鬼皮」です。鬼皮と渋皮をはがすことによって、初めて食べることができる果肉の部分が現れます。
 じつは、秋になると店先に並び栗ご飯として秋の風情を楽しませてくれるクリと、天津甘栗に代表される中国のクリは植物学的には別の種類です。前者は「ニホングリ」、後者は「チュウゴクグリ」という植物種で、交配によってお互いの雑種はできますが、原生地も異なりそれぞれ異なる特性を持っています。まず「ニホングリ」と「チュウゴクグリ」の特性について説明します。

ニホングリとチュウゴクグリ
 秋になると店先に並び、栗ご飯や和菓子に使われるのは一般にニホングリです。ニホングリは一般に大果で特有の香りがあり、食味は優れていますが、残念ながら渋皮の剥けやすさ(剥皮性)が悪く、焼くなどといった加熱処理を行っても渋皮はうまくはがれません。
 一方チュウゴクグリは、植物的にはニホングリと比べて大木になる傾向が強くあります。ニホングリに比べて葉、枝、果実に細かい毛が多く、果実は甘みがあり美味しいのですが、ニホングリより小果で、果肉が脆く壊れやすいため煮崩れしやすいといった特徴があります。しかし大きな利点は、焼き栗などによって加熱をすると渋皮が綺麗にはがれることです。これがニホングリとチュウゴクグリが異なる大きな点です。ちなみにどんなに渋皮剥皮が優れるチュウゴクグリでも、生のままではきれいには渋皮は剥けません。
 渋川は画家輪に優れるというチュウゴクグリの利点に着目して、日本でのチュウゴクグリの栽培も試みられました。しかしクリは一般に自家不和合性という性質が強く自分自身の花粉では結実しないため、果実を得るためにはその品種以外の授粉樹の混植が必要です。しかし日本でチュウゴクグリを栽培すると、チュウゴクグリ品種にニホングリの花粉がかかってしまい、チュウゴクグリの果実でさえ渋皮剥皮が悪くなってしまいます。このことと、後で述べるクリタマバチに弱いことや収量性に問題があるなどの欠点が相俟って日本でのチュウゴクグリ栽培は増えませんでした。また、大正時代頃からニホングリとチュウゴクグリの長所を組み合わせるための品種改良が民間等で行われてきましたが、交雑によって食味の良い個体は出現するものの、渋皮の剥皮に優れた大果品種を作るという目的は、残念ながら十分には達成されていません。そのため現在我が国でのチュウゴクグリや日中雑種グリの栽培はわずかに限られています。では、渋皮剥皮性の種間・品種間差異のメカニズムはどのようになっているのでしょうか?

渋皮はなぜ剥ける?
 果樹研究所 田中氏の研究により、果肉と渋皮を接着しているのはポリフェノールの1種で「カスタヘジョン」と名付けられた物質であること、ニホングリの場合はカスタヘジョンが多く、それが渋皮と果肉の間に多く蓄積されるため渋皮と果肉を強固に接着している一方、チュウゴクグリはその蓄積が少ないため接着が弱いということなどが明らかになっています。前項にも述べたように、ニホングリの花粉をかけたチュウゴクグリの果実は渋皮剥皮が劣るようになること、逆にニホングリにチュウゴクグリの花粉をかけると渋皮剥皮がわずかながら良くなることが現象として知られていますが、これもカスタヘジョンの蓄積量で説明できることが明らかになっています。

果樹研究所でのクリの品種育成
 果樹研究所のクリの品種改良が始まったのは戦後まもない1947年です。当初の目標としてあったのは、収量が多く品質が優れることでした。当時の文献を調べると、渋皮剥皮性の点について直接的には目標として述べられていないのですが、前後の文脈から考えると「品質が優れる」という言葉の中には渋皮剥皮性も入っていたものと思われます。しかし当時の日本では、クリ生産を脅かす「クリタマバチ」という大害虫が問題になりつつありました。クリタマバチの被害は1950年代中盤になると全国に拡大し、クリ産地が壊滅的な被害を受けるようになりました。
 クリタマバチの日本での発生は、1941に岡山県で初めて確認されました。この虫は雄の存在が確認されておらず雌だけで増える変わった虫で、当時はどこから侵入したのかはっきりしませんでした。この虫の被害に遭うと、クリの枝は伸びることができずに虫こぶになり、収量や樹勢が低下してひどい場合は枯死します。全国的な被害の拡大に伴い、果樹研究所も品種改良の目標を収量性と品質の向上から、「クリタマバチ抵抗性」に変更して事態に対応する必要がありました。そこで丹念に様々な品種を調べてみると、ニホングリ品種のなかにクリタマバチに抵抗性を示すものがあり、これらを育種素材にして1959年公表の「丹沢」、「伊吹」、「筑波」を皮切りに、「石鎚」、「国見」、「紫峰」といった抵抗性品種が育成されました。「丹沢」、「筑波」、「石鎚」といった品種は現在もクリの主要品種として全国で栽培されています。
 一方1970年半ば以降、中国に派遣された果樹の天敵調査団によってクリタマバチが中国に存在することが確認され、調査によってクリタマバチの天敵であるチュウゴクオナガコバチが発見されました。チュウゴクオナガコバチはその後日本に導入され、野外放飼試験が始まりました。関係者の努力によってこの試験は成功を収め、チュウゴクオナガコバチは日本に定着し、1990年代には全国のクリタマバチの被害は激減しました。現在、クリタマバチの被害は年によってやや多い年はあるものの実害はほとんどなくなりました。
 1990年頃までの果樹研究所におけるクリの品種改良は、クリタマバチとの闘いであった、といっても過言ではありません。しかし、チュウゴクオナガコバチの定着によってやっとクリタマバチから解放され、1990年代前半にはクリ本来の品種改良、つまり食味や渋皮剥皮性を最重要視した品種改良に転換することができました。
 品種改良を効率的に進めるためには、改良しようとする形質の簡便な評価方法が必要です。それまで渋皮剥皮性の評価を行うためには焼き栗を作る必要がありました。しかし、焼き栗を作るには時間もかかるため、多くの個体を調査することが困難です。さらに温度のコントロールも難しく温度ムラができる可能性があるため、均一な処理ができていないおそれもあります。そこでクリを油で揚げる方法を開発しました。フライドポテトなどを調理するために用いる市販のフライヤーを使い、温度を190度と一定にした上で、破裂しないようにするためにナイフで鬼皮に切れ目を入れたクリを4分間揚げるのです。この方法は非常に簡便で、大量の個体を短期間で評価することができ、しかも実験の再現性が高いという、品種改良に必要な条件を満たす最適な方法だったわけです。このようにクリタマバチ抵抗性を考えずにすむようになったこと、簡便な渋皮剥皮法が開発できたことによって、「ぽろたん」の育成につながったといえます。

 ▲「ぽろたん」はどんなクリ?
 さて、「ぽろたん」はどんなクリなのでしょうか?まず一番の特徴はニホングリであるにもかかわらず渋皮剥皮が非常によいことです。写真に示しましたように、チュウゴクグリ(岐阜1号)並みによく剥けます。「ぽろたん」の渋皮剥皮性はチュウゴクグリとは異なり、授粉樹がニホングリであってもよく剥けることが明らかになっています。さらに「ぽろたん」は大果です。チュウゴクグリは10g程度しかないものが多いのですが、「ぽろたん」は30gもあります。ニホングリの中でも大果な品種に入ります。甘みと香りがあり、果肉はチュウゴクグリほど脆くないため肉質も良く、食味は優れています。
 大果で渋皮剥皮に優れるクリ。これは今までのところ「ぽろたん」しかありません。この長所を生かした商品を開発できれば、他品種との差別化の点で非常に有利だと考えられます。「ぽろたん」の苗木は今年の秋に販売が開始される予定ですが、「ぽろたん」は全国的にも注目され、各地のクリ産地ではすでに導入の動きが活発化しています。実際に「ぽろたん」の果実が市場に出回るのは今のところ早くとも数年後になると予想されますが、これまでになかった新たなクリ果実が市場に流通し、新たな商品開発の起爆剤となることによって、クリ産業が活性化されることを期待しています。
 また、皆さんもご存じのように、果物はナシの「幸水」や「豊水」、リンゴの「ふじ」、ブドウの「デラウェア」や「巨峰」、カンキツの「清見」のように、品種名で販売されるのが普通ですが、クリの場合には、「茨城県産クリ」といったように、一部の品種を除いて品種名で販売されることはほとんどありません。「ぽろたん」の普及によって、クリが他の果物と肩を並べて品種名で販売されるときが到来するものと思われます。
 「ぽろたん」はニホングリにもかかわらず、なぜ渋皮剥皮性がよいのか?「ぽろたん」の渋皮剥皮性のメカニズムは従来の説の延長で考えられるのか?今後はその点について明らかにしていく必要があります。また、「ぽろたん」の親である「丹沢」と「550−40」を調べてみますと両方とも渋皮剥皮が優れているわけではありません。渋皮剥皮が良くない親同士の交配でも「ぽろたん」のような渋皮剥皮に優れる子は通常の遺伝様式の中で生じるのか、あるいは何らかの突然変異が関与しているのか、さらに「ぽろたん」の渋皮剥皮性の因子がどのように子に遺伝するかも含めて検討していきたいと考えています。